『ウマ娘 シンデレラグレイ』の時代 VOL.2 1990年の天皇賞・秋はどんな風に報道されたのか?
■アニメも丁寧な作りでいよいよカサマツ編がクライマックスを迎える『ウマ娘 シンデレラグレイ』。そんな中でゴールデンウィーク合わせのヤングジャンプ合併号や救済を挟んで、実に3週間ぶりとなる原作連載・第187Rが5月8日に再開。史実に照らし合わせると、オグリキャップに過酷な結果が突きつけられる時期なだけに、読むのが怖かったのですが……とんでもなく最高なエピソードでした! バラバラだったパズルのピースがはまっていくように紡がれるヤエノムテキのオグリキャップに対する想い、そして「それ伏線だったの?」と誰もが驚いたであろう四年半強・170話ぶりの伏線回収(そのシーンが描かれたのは、2020年10月22日発売のヤングジャンプ 2020・No.46掲載の第17R『トレセン学園』…もうすぐアニメでも描かれますね)…こう来たかー! という感じですごく良かったですわ。
■しかし、この天皇賞・秋のエピソードについての話をネットで追っているとぶつかるのが「ヤエノムテキは衰えたオグリキャップに勝っただけ」「世間のニュースなどではオグリキャップが負けたことばかり話題になって、ヤエノムテキの勝利には触れられなかったから可哀想」といった類の話。確かに『ウマ娘』のゲームシナリオや『シンデレラグレイ』本編でも、オグリキャップばかりに注目が集まって他のウマ娘(競走馬)はがんばってもむくわれなかった的な描写はあるけど、はたしてそれは本当なのか?という疑問を常々感じていました。そんな時は実際に確かめてみるしかない! ということで、国会図書館に足を運んでのリサーチを行ってみました。
■日刊スポーツに関してはすでに昨年リサーチ済みだったので、今回は1990年10月の東京スポーツとサンケイスポーツ、そして一般メディアの反応として朝日新聞の記事をリサーチ。結果としては…「ちゃんとヤエノムテキの勝利の方が多めに報道されていて、無視などされていなかった」でした。
レース翌日の10月29日号・競馬面ではヤエノムテキと岡部幸雄騎手の勝利を報道。お手馬だったメジロアルダンからの騎乗依頼を断ってヤエノムテキを選んで挑んだ一戦、先団後方をキープしながらレースを進め、4 コーナーで逃げるロングニュートリノと内柵の間にできた2メートルの隙間に瞬時の判断でヤエノムテキを突っこませる。
「オサイチあたりも内を狙っていたし、ほんの少しでも待ったら、行き場が無くなって4、5 着だったかも」
「弓矢を放つように、勢いよく伸びてくれた」
ベテランならではの瞬時の勝負勘とヤエノムテキのポテンシャルでトップへと飛び出し、残り100メートルで強襲してきた横山典弘の駆るメジロアルダンを何とか振り切って、岡部がヤエノムテキの強さを引き出してレコードタイムでの勝利を掴んだ。
一方オグリキャップの敗北については社会面の記事として掲載。併せ馬のパートナーが見つからず、レース直前に単走追い切りしかできなかったことによる気合い不足や、急ピッチの仕上げで飼い葉食いも落ちたことなどが敗因として記事には上げられている。それでも調教タイム自体はいつものように好調だったので、陣営側も安心してしまったのも影響したという見方もされている。
●東京スポーツ
オグリが“怪物”の看板を下ろした日
岡部ヤエノ激走V
東京スポーツでは「天皇賞総まくり」と題して1ページで様々なニュースを掲載。この中からオグリキャップの部分だけをトリミングして、前述の「負けたオグリキャップのことしか報じられなかった」証拠とされることが多いのですが、見ての通りヤエノムテキの勝利についても多めのスペースが割かれている。
オグリキャップの方が扱いが大きい理由については、ここに至るまでの東京スポーツ競馬面の記事展開に理由があった様子。
他のスポーツ紙がオグリキャップを本命視していたのに対して、東京スポーツは直前記事でオグリキャップの様子がいつもと違うと報じ「オグリのV確率は33%しかない」「ピークを過ぎた馬、ぶっつけ本番では…」「オグリはもはや怪物ではない!!」と終始辛口の評価で本命からは外していたのだ。
その読みが的中する結果となったので、これまでの記事の総括としてオグリキャップ敗北をメインに報じたのだろう。
ヤエノムテキの勝利については岡部の騎乗についての談話をメインに紹介。低迷していたヤエノムテキの足りない部分を騎乗で補うことで見事勝利。最後に競り合ったメジロアルダンとオグリキャップについては「アルダンならあのくらい来ると思った。心残りはオグリキャップと四つに組めなかったことかな」と語り、ベテランの貫禄を見せつけた。
●サンケイスポーツ
神業岡部ムテキ初盾
“悔”物オグリ6着 茫然自失の増沢
こちらは日刊スポーツと同様にヤエノムテキと岡部幸雄の勝利がメイン。
「あれが矢を放つ勢いというんだろう。凄い瞬発力で乗っている自分がオオッと思ったよ」
「オグリキャップを見る余裕? そりゃ、道中はずっとにらんでいたけど、あの場面(スパートで最内に切り込んだ瞬間)はヤエノムテキと僕だけの世界だったよ」
普段はコメントを余計な言葉で飾らない岡部が身振りを交えて語る様子から、会心の騎乗だったに違いないと結んでいる。
この記事ならではの要素が勝利を競い合ったメジロアルダン陣営の談話も載っている点。元々メジロアルダンの主戦騎手は岡部幸雄だったが、アルダンは昨年の天皇賞・秋の後に屈腱炎を発症し、長期休養に入っていた。そして1990年9月に復帰し、岡部幸雄に騎乗を依頼するも、岡部は安田記念から主戦を務めていたヤエノムテキを選択する。
そんな事情もあって、メジロアルダン陣営は「岡部&ヤエノにだけは負けるな」とこのレースに挑み、接戦の末に敗れることとなる。今回の『シンデレラグレイ』原作最新話でのアルダンのヤエノへの執着や、第175Rでのヤエノとアルダンの邂逅にはそんな事情も反映された描写なのかもしれない。
記事ではメジロアルダンで最後を競り合った横山典弘の「この頭差は乗り役の差と言われても仕方ありません」という談話や、メジロアルダン陣営の「悔しいけど認めるしかない」というコメントも掲載されている。
そしてオグリキャップ陣営の記事では、オグリの走りに闘争心が見られず増沢騎手がどれだけ追い込んでも応えてくれなかったことが語られ「目に見えない疲れがたまってきたのか」と締めくくっている。
伝統の天皇賞ということもあり、朝日新聞のスポーツ欄にも記事が掲載。メインの見出しこそオグリキャップだが、記事内容はレース展開をこまかくレポートしていてヤエノムテキの勝利がメイン。そしてオグリキャップの不振について増沢騎手のコメントを掲載する形で締めくくっている。
■こうして当時の新聞報道を振り返ってみてわかるのは、決してオグリキャップだけがもてはやされていたわけではないし、オグリキャップ人気で他の競走馬の勝利が無視されていたということもなかったという事実だ。
オグリキャップ「だけ」に注視し暴走していたのは、所謂テレビ局のワイドショーやゴシップ主体の週刊誌といったイエローメディアで、オグリキャップの扱いは今の大谷翔平選手や藤井聡太棋士のような感じだったのでは。それらのメディアが大谷以外のMLBや藤井聡太以外の将棋に興味がないのと同様に、オグリキャップ以外の競馬は眼中になかったのだろう。
『ウマ娘 プリティーダービー』は当時の競走馬や競馬にまつわる様々なエピソードを拾い、育成ストーリーやキャラクター造形に取り込むことで競馬方面からも高い人気と評価を得ていることは間違いない。だがその反面、「当時の世間の評判」的なものを過剰に取り込みすぎている気が常々している。
『シンデレラグレイ』も含めたオグリキャップ世代に見られる「どんなに他のウマ娘ががんばっていてもオグリキャップしか注目されない」という描写や、TVアニメ第2期のライスシャワーのエピソードにおけるファンの心ないバッシングの数々などだ。ライスの勝利が気に入らないからウイニングライブでも無視するとか、まるで「マックイーンに勝たせろ」と八百長を望むかのような観客の罵倒などは、あのエピソードの間だけ劇中のファンがクズばかりになったかのようで、物語的には盛り上がりはしたが不快さも大きかった。おかげでゲームでもああいった不愉快な気分になるかもと、しばらくライスシャワーの育成には手が出せなかったぐらいだ。
『シンデレラグレイ』のミルワカバ(オサイチジョージ)を巡る描写にもそういった傾向があったが、彼女の勝利はちゃんとスポーツ紙などでは評価されていたし、後のレースでは本命に上げられることもあった。オグリキャップが起こした当時の「ムーブメント」をベースに物語を描くことが『ウマ娘 シンデレラグレイ』の主題なのは理解しているが、それは必ずしも「史実に忠実」というわけではない。『ウマ娘』は「実際の競走馬をモチーフとし、事実に基づいた表現を心がけたフィクション」ということは、忘れないようにしたいと自戒も込めて。



























































































































































