「謎」を考えながら楽しむアニメ『迷家 マヨイガ』
■個性的な良作がそろった感のある今期の新作テレビアニメだが、その中でも賛否両論が一番激しい作品ではないかと思っているのが、水島努監督×岡田磨里脚本によるオリジナルテレビアニメ『迷家 マヨイガ』だ。31名のキャラクターによる先の見えない群像劇というスタイルに加え、なかなかその全容が見えてこない舞台設定、謎が謎を呼ぶストーリー、エキセントリックで不快な面も多いキャラクター達など、「安心して楽しめるわかりやすさ」が求められる昨今のテレビアニメのトレンドに、ことごとく逆らうような要素で構成されているのだから、評価が割れるのも仕方のないところだと思う。
だが、与えられたものを素直に楽しむという普通のテレビアニメを見る時のスタンスでは、『迷家 マヨイガ』を楽しむことはできないかもしれない。劇中で描かれるものすべてを疑ってかかり、その深層に潜むものを視聴者それぞれが考えるという、『ツイン・ピークス』や『LOST』などのサスペンス系海外ドラマと同じベクトルで向き合うべき作品なのだ。第1話がずっとバスに乗っていただけで終わった事など、各話ごとの盛り上がりに欠けるという感想も目にすることが多いが、30分のテレビアニメではなく1時間のドラマと考えて、2話で1エピソードとして見ていけば展開もしっくり来るのではないだろうか(とはいえ、30分という限られた尺の中で様々な仕掛けやキャラクター同士の絡みを描いているので、個人的には、特に不満は無いのだが)。WOWOWが前回の再放送&先行放送という一時間枠で毎週放映しているのは、海外ドラマに強い同局ならではの作品の魅力を引き出す工夫なのかもしれない。
■現時点で地上波では第4話、WOWOWでは第5話まで放映されている『迷家 マヨイガ』だが、おぼろげながらも物語を構成する断片が明らかになってきて、それらを考える事が毎週の楽しみになっている。自分はWOWOW視聴組なので、地上波組のネタバレにならない範囲で、気になっていることを覚え書きとして書いてみる。
・「迷い家」伝承との関連性
タイトルがそのものずばり『迷家 マヨイガ』であることからも、柳田国男が『遠野物語』で取り上げた、関東・東北地方に伝わる「迷い家」伝承がモチーフになっている事は間違いないだろう。舞台となる「納鳴村」が人の姿が見えないにも関わらず、布団や食器などの生活用品がきちんと残り、畑も荒れずに作物が実っているといった謎の描写は、そのままオリジナルの「迷い家」に通じるものだ。
だが、「迷い家」と「納鳴村」では人の出入りについての現象が異なっている。「迷い家」は山で迷っている人が辿りついて、そこから何かを持ち帰ると運をもたらした上に無事に立ち去る事もできるが、それを狙って欲を持って探しに行ってもけっして辿りつく事はできない場所と語られている。一方の「納鳴村」は、俗世を捨てて人生をやり直すという「欲」を持って訪れたキャラクター達を受け入れたものの、バスを途中で動けなくしたり、山を下りようとしたキャラクター達を道に迷わせて閉じ込めるなど、彼らが立ち去る事を許そうとしない。「迷い家」と「納鳴村」は似て非なるものなのか、それとも「迷い家」伝承自体が欲にかられた者を呼び寄せるための罠なのか。
・校庭の「ウィッカーマン」
「納鳴村」の中心である学校か役場のような建物。その広い庭にはタイヤを使った遊具が拵えられているが、その中で何気に目を惹くのが、大きなタイヤで作られた案山子だ。何かしらの儀式めいた雰囲気のあるこの案山子は、ドルイド教の「ウィッカーマン」を連想させる。
「ウィッカーマン(wicker man)とは、古代ガリアで信仰されていたドルイド教における供犠・人身御供の一種で、巨大な人型の檻の中に犠牲に捧げる家畜や人間を閉じ込めたまま焼き殺す祭儀の英語名称である」(Wikipediaより)
同名の映画も製作されており、その舞台は外界から隔絶されて古代宗教をベースとした独自のコミュニティを築きあげた島で、ウィッカーマンによる生贄の儀式が重要のモチーフとなっている。「外界から隔絶された独自コミュニティ」という設定は、『迷家 マヨイガ』における「納鳴村」と同様だ。今後の物語に絡んでくるかどうかは不明だが、何らかのモチーフになっている可能性は高い。
・目に見える物、耳に聞こえる物が正しいとは限らない
「劇中で描かれるものすべてを疑え」と前述したが、キャラクター達が村に着いてからの展開では、その片鱗が見え始めている。
最初の犠牲者(?)であるよっつんはそこに居るはずのない誰かを目にしたのを最後に姿を消した。
ツアーに巻き込まれた中年バス運転手は死んだ娘の姿を追って村へと取り込まれた。
そして視聴者である自分達には獣の咆哮に聞こえる音が、各キャラクター達には「機械音」「笑い声」などそれぞれ異なる音に聞こえている。
「納鳴村」に潜んでいるであろう「何か」は、各キャラクターの心理によって見え方・捉え方が異なる存在であることは間違いない。さらに『迷家 マヨイガ スターターブック』に収録されたプロローグコミックによれば、メインヒロイン(だと思われる)真咲は「大切な人がいなくなった」らしく、「納鳴村」に潜んでいるであろう「何か」のことを知った上で「大切な人」に再会するためにツアーに参加したかのようにも思われる。
こうなってくると、外からその様子を見ている視聴者ですら真実が見えているとは限らないわけだ。キャラクターの言動や劇中描写といった数々の断片を自分なりにつなぎ合わせて、真実を推理していくことで、物語の様相も変わっていくのかもしれない。
・正体の見えないキャラクター達
「現世を捨てて人生をやり直そう」という共通の目的を持って集められた30名のキャラクター達だが、名前は全てハンドルネームでプロフィールもあくまで自己申告。劇中のキャラクター同士はお互いに何者かも知らないまま、未知の環境に放り込まれるという気持ち悪い状況に放り込まれているわけだ。それは視聴者も同様で、どんなキャラクターかが読み切れないままに畳みかけられる謎に翻弄されるストレスを味わうという、ある意味バーチャルな形で「人生やり直しツアー」に参加しているといえるのだ。
そんなキャラクター気持ち悪さを象徴しているのが、主人公の光宗だろう。劇中では典型的なアニメの主人公的な言動を見せてはいるが、「納鳴村」の異常な状況下では「単に一番当たり障りの無い事を選んでいるだけ」という薄っぺらいものにしか見えない。第一話でふと見せた「しょせんはみんな他人」という本音を除けば、真咲や颯人といった他の誰かに依存することでしか行動していないのだ。こうなると、やたらと女性を意識したり、自分が殺されるかもしれない状況下でらぶぽんの透けブラに反応してしまうといった描写も、単にアニメ的なものではなくて光宗の異常性の表れではないかと思えてくるのだが……。
他のキャラクターにも「気持ち悪さ」や「異常性」は垣間見える。何かと処刑や拷問を口にし実行しようとするらぶぽんはわかりやすいが、異常な状況下に追い込まれても平静さを失わないソイラテや山内は逆にとんでもない闇を抱えているように思えてくる(山内のツアー参加理由が「母の介護が終わった」とのことだが、「終わらせた」のではないかとか…)。さらに軽い理由でツアーに参加している10代キャラと、真剣に人生をやり直したいと考える20代以降のキャラの意識の差が、今後の悲劇の引き金になるのではないかという予感もする。
・「人生やり直しツアー」は本当に第一回か?
今回のテキストを書いている際に、データの確認のために公式サイトに飛んだ所、こんなサイトが表示された。
劇中の「第一回人生やり直しツアー」の募集ページを再現した物だが、あまりにも古くさくてダサイ、インターネット黎明期のようなホームページになっている。これは単にダーハラのセンスがダサイというスタッフのお遊びなのかもしれないが、それにしてはあまりにも古すぎる。ひょっとすると、「人生やり直しツアー」は昔から密かに開催されていて、それを受け継いだダーハラやこはるんがページをそのまま流用して使っているとしたら、あの二人が何らかの黒幕という疑惑も……これは考えすぎかも知れないが、そんな楽しみ方もできるのが『迷家 マヨイガ』なのだ。
■『迷家 マヨイガ』は『ツイン・ピークス』『LOST』などのサスペンス系海外ドラマの文脈でとらえるべき作品ではあるが、そういった作品には「謎の収拾が付かなくなる」「引っ張ったわりには謎の種明かしがあっけなさ過ぎる」といった恐れが常につきまとうものだ。それは視聴率が高ければどんどんシリーズが続くが、悪いと途中打ち切りも当たり前という、海外ドラマならではの構造上の問題に負う所も大きいので、日本のテレビアニメである『迷家 マヨイガ』には当てはまらない可能性は高いというか、当てはまらないでほしいものですが。
でも、謎を考察していくという楽しみを『迷家 マヨイガ』が秘めていることだけは間違いない。見続けているけど今ひとつと思っている人は、受け身にならずに「考える」という形で作品に攻め込んでいってみてはどうだろうか。
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