■『瀬戸の花嫁』『天体戦士サンレッド』『蒼き鋼のアルペジオ -アルス・ノヴァ-』『結城友奈は勇者である』等々、様々な人気作品を世に送り出すアニメ監督・岸誠二氏と、脚本家・上江洲誠氏。その両者がオトナアニメ誌上に4年以上に渡って連載してきた対談をメインに、新たな撮り下ろしインタビューや対談、二人をよく知るアニメスタッフやプロデューサーの証言をまとめたのが、3月28日に洋泉社より発売される『世界を変えるアニメの作り方』です。自分もこの本では音響監督・飯田里樹氏、美術監督・宮越歩氏、フライングドッグのプロデューサー・南健氏のインタビューページの構成を手伝わせていただいた関係で、見本誌を頂き本日読了。少しでも宣伝になれば幸いという事で、ネタバレにならない範囲で書評レビューをさせていただきます。
■上記に作品以外にも様々な作品を手がけている岸・上江洲コンビ。そのジャンルはコメディからシリアス、ゲーム原作からオリジナルと実にバラエティに富んでいるが、そのためか「作家性」と呼ぶべき各作品に共通するテーマは見出し難い。だが、この本を読めばそういった括りでこの二人の作品を捉えるのは間違いだとわかるばずだ。アニメに限らず、多くのクリエイターが「作品」そのもので自己表現を試みているのだとすれば、岸・上江洲コンビは「面白い作品を作る」という目的と志、そして行為そのもので自己表現をしているクリエイターなのだ。
『釣りキチ三平』の矢口高雄が、手塚治虫との出会いと傾倒をきっかけに自らも漫画家を目指す道程を描いた自伝コミック『ボクの手塚治虫』の中で、矢口高雄は手塚治虫なら「漫画とは?」との問いにこう答えただろうと描いている。
「それは「おもしろいこと」の一語に尽きるさ。
「おもしろさ」こそが唯一無二の使命さ!!」
岸・上江洲コンビの作品におけるテーマを言い表すならば、まさにこの言葉なのではないだろうか。
■新たなインタビューの中では、両者が監督・脚本家へと至る半生も語られている。それぞれに波乱の学生時代を過ごしながらも、その中で漫画・アニメ・ゲームにはまり、様々な出会いやチャンスに食らいつきながら作り手側の世界へと飛び込む二人に共通しているのは「ファンの目線を失わない」という点だ。
萌えアニメやゲーム原作アニメの黎明期には、そういうジャンルや原作をよく知らない古株クリエイター達が、従来のアニメの方法論のままに作った微妙な作品も少なくなかった。そして、そんな作品にガッカリさせられるファンの側だった岸・上江洲コンビや、彼らと共に作品作りに関わっていく同世代のスタッフ達は「そういうのをわかっている俺達が、ファンがガッカリしないアニメを作ろう」と決意を固めていく流れが、この本のあちこちで触れられている。それは単にファンに媚びるという類のものではない。「どうすればファンは喜んでくれるか」を念頭に置いて作品を練り込み、それを実現する為の制作体制を整え、プロモーションや情報公開のコントロールにまで気を配っていく。さらに若い世代の子達が共感し、その心に届くアニメを作るために、今の子供達のリアルを徹底的な取材・リサーチで取り込んでいく。自分達と同じ目線で、自分達が見たかった作品を作る両氏は、「俺達の時代」を体現したクリエイターなのだ。
面白い作品を創る事への努力は惜しまず、そうすることで自分達も作品作りを面白く楽しむ…そんな岸・上江洲コンビのスタンスと取り組みについて語られる部分は、各作品本編を見返す際に新たな発見をもたらしてくれるはずだ。
■そして、この本のもう一つの見所が岸・上江洲コンビという「人間の面白さ」だ。特にスタッフやプロデューサー、そして上江洲氏によって遠慮なく語られる岸監督像はかなりひどい部分もあるが、それでも「面白い作品を作る」ことにひたすら力を注ぐ岸監督に惹かれて、共に作品作りに取り組む様子が語られている。パワフルな人間力で周囲を巻き込み、文句を言いながらも力を貸したいと思わせてしまうその様は、まるで『サラリーマン金太郎』等の本宮ひろ志作品の主人公の如し。そして、考えるよりまず動き、色々な人とどんどん関わっていくことで道は開けるという、人生指南の一面もこの本には秘められている。両氏どちらもそのまま見習うにはあまりにハードな生き様だけど、生きていく上での壁にぶつかった時に、それを乗り越えるためのヒントにはなるのではないだろうか。
■よくある作品論・クリエイター論に留まらず、作品のファンなら新たな知識や視点を得られる副読本に、アニメ業界に興味がある人には痛快なノンフィクションに、そして自分を取り巻く様々な状況に悩んでいる人には、それを乗り越えるカンフル剤にと、様々な楽しみ方ができる本となっています。語り口が軽妙なので、さくさく読んで楽しめるのもポイント高いです。ぜひ書店で見かけたら手に取ってみて下さい。