【BOOK REVIEW】「痛みの価値 馬場全日本「王道プロレス」問題マッチ舞台裏」
■タイガーマスクブームや長州力の台頭をリアルタイムで見たのがプロレスファンになるきっかけだったので、自分のプロレスの嗜好の基準はやはり当時の新日本プロレスや、そこから派生したUWF系である。それだけに、全日本プロレスはさほど熱心なファンではなかったというか、長州がジャパンプロレスを立ち上げて新日本を離脱し、全日本に参戦したのをきっかけに見始めたようなものだった。自分にとっての全日本プロレスは、地元遊園地のスケートリンクに興行に来た際に、そこに勤めていた親戚にこっそり入れてもらって観戦するという、牧歌的なお祭り見物のイメージだったのだ(観戦したのは観客席ではなく、スケートリンクを見下ろす位置にあった展望レストランに用意された日本人レスラーの控え室。すぐ近くには近くに葉巻を加えながら試合をチェックするジャイアント馬場が座っていたりとかなり貴重な体験だったのだが、小学校低学年だった当時の自分には、どれだけすごいことか分かっていなかった(^_^;))
■そんなプロレスファンだった自分にとっては、新日仕込みのハイスパートレスリングで全日本の選手を蹂躙していく長州力こそが最強で、それについていけない全日本の選手は野暮ったいとすら思っていた。でも、その後のプロレス界の隆盛を眺めながら歳を重ねていくにつれ、ジャイアント馬場率いる全日本プロレスの価値という物がやっと理解できるようになってきた。「王道プロレス」と呼ばれてきたトラディショナル(伝統的)なプロレスの形がしっかり守られているからこそ、新日本プロレスやUWF、そして数々のインディやデスマッチといった伝統の枠を越えたり外れたプロレスも存在しえたのだと。そういった革新路線が行き詰まったり失敗したりしても、日本のプロレスの保守本流であるジャイアント馬場の全日本プロレスが存在していれば、プロレス自体がなくなるようなことはないと。
その証拠に、ジャイアント馬場とその後継者であるジャンボ鶴田、そして王道を引き継いだ三沢光晴がこの世を去ったことで、「日本のプロレスの土台」といえる全日本の系譜が失われたことで、日本のプロレス全体が斜陽化していったように思える。ブシロード資本となった新日本プロレスが元気を取り戻していると言われているが、プロレスがテレビのゴールデンタイムを席巻していた頃の勢いには到底及ばないし、棚橋やオカダのプロレスも技術やキャラクター演出はすごいのだろうが、凄みや強さの点では全然物足りない。今の新日本がかつての全日本のような「日本のプロレスの土台」になるとは到底思えないのだ。
■そんなジャイアント馬場時代の全日本プロレスも、旧態化した老舗のごとく伝統に固執していたわけではない。伝統の中で何かを変える、伝統そのものを次の段階へと進化させようと奮闘してきた戦いの歴史があった。この本に記されているのはそこに関わってきたレスラー達の物語だ。
長州力が持ち込んだ戦いの激しさを、全日本の伝統に組み込もうとした天龍源一郎と阿修羅・原。
善戦マンと揶揄されながらも、数々の試合で得た経験を無尽蔵に吸い込み成長していった怪物・ジャンボ鶴田。
生きる術を求めてプロレスという新天地へと身を投じた横綱・輪島大士。
様々な形で全日本プロレスという伝統と自分のファイトスタイルの折り合いをつけてきた強豪外国人レスラー。
そして、そんな彼らをいかに全日本のリングで活かしていくかに腐心し続けてきたジャイアント馬場。
アントニオ猪木という猛毒のようなカリスマを巡る確執がすべての中心だった新日本プロレスの戦いとは対照的に、リング上の試合、王道という名の伝統、そして「人間」としての各レスラーの思い……この三つが入り乱れながら繰り広げられてきたのが、全日本プロレスの戦いだったのだろう。そんなレスラー達が織りなす人間ドラマを、週刊プロレスの全日本担当として見つめ続けてきた市瀬氏が当時のプロレス事情や内幕などを絡めつつ、プロレス愛たっぷりに書き綴っている。特に市瀬氏がジャイアント馬場を激怒させたある一言を巡る話や、週刊プロレスと天龍源一郎と全日本の板挟みになっていたというSWS(メガネスーパー)にまつわる話などは、あの時代にプロレスを見ていた人なら絶対に楽しめるはずだ。
■プロレスのスキャンダラスな面ばかりをことさら取り上げるムックがやたら書店で幅を利かせているが、こういったプロレスの良い所も悪い所も等しく取り上げ、清濁併せ呑むところにプロレスの魅力があると分からせてくれる本こそ、プロレスファンが読む価値の一冊ではないだろうか。かつての週刊プロレスが提示した「活字プロレス」という楽しみ方を色濃く継承するシリーズのようなので、同レーベルの続刊にも期待したい。
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