■ハードカバーの小説はめったに買わないのだけど、
水嶋ヒロの小説家デビュー作となる『KAGEROU』は出版に至るまでの展開があまりにもドラマチック過ぎたし、BLOGやTwitterなどのネット上では「絶対に大賞受賞は出来レース」と信じて疑わない輩(それこそ一般人からプロの書評系ライターにマスコミ関係者まで)が、フルボッコにしてやろうと発売を待ち構えているげんなりな状況。これはもう、変な風評やネタバレなどを聞かされないうちに読んでしまった方がいいと思い、地元の深夜営業書店で発売日の午前0時に即購入。その日のうちに読むつもりが、仕事が立て込んでいたので結局読み始めたのは昨日になってからでした(^_^;)。
■ネタバレにならない範囲で思ったことを書き連ねてみると、
まずダメだなと思ったのは作品そのものではなくてポプラ社の宣伝戦略。はっきりいってキャッチコピーなどであまりにも「いままでにない傑作」的に煽りすぎ。Amazonレビューがアンチのネタレビューで炎上気味なのも、この宣伝のまずさが一役買っているように思える。
だからといって、いい加減なレビューを肯定するわけではない。やってる人たちはいい気分なのかも知れないけど、そういう行為はネットの信用性を落とすだけで結局はデメリットしか産まないのだから。
■で、肝心の作品自体はというと……なんとも
ほっこりした気分になる大人のおとぎ話といった感じで、その手の話がツボな人は確実に楽しめるかと。自分も大好物なシチュエーションなのですごく楽しめましたわ。文体も軽妙でテンポが良いので、ラストまで一気に読み切ってしまったし。冒頭の雰囲気や、そこに登場するあるキャラクターのビジュアルイメージと言動から、藤子不二雄Aの『黒いセールスマン』(『笑うセールスマン』)との類似を指摘する人もいると思うけど、それは話が進むにつれてひっくり返されていく。ラストまで読み切って感じるのは、むしろ
藤子不二雄FのSF短編シリーズのハートフル系エピソードのような雰囲気が近いかも知れない。特に後半に登場するあるガジェットのビジュアルやギミックなどは、いかにも藤子Fテイスト満点なのだ。
■そして一番気に入ったのが
話やキャラクターの「心地よさ」だ。小説に限らず、すべての創作作品の物語やキャラクターからは、大なり小なり作者の人間性というものがにじみ出てくるものだけど、この作品はそれが何とも優しく気持ちよいのだ。そこには「俳優・水嶋ヒロ」のイメージ補正がかなりかかっているのは否めないけど、作品に対する賛否は色々あれど、
この作品が「水嶋ヒロだからこそ紡げた物語」という点だけは誰も否定できないはず。
週刊新潮が「こんな作品なら俺でも書けるし、大賞がとれるなら俺も億万長者」みたいな希望を作家志望者に与えているとかいうバッシング記事を載せてるようだけど、この独特の雰囲気は水嶋ヒロじゃなきゃ書けないと思う。あと「俺でも書ける」とかいうネガティヴ思考を抱いてる時点で同じものは書けないだろうし、そんなことを口にする「作家志望者」ほど、実際には作品そのものを書き上げられないのが世の常なわけで(^_^;)
■あと、
この本そのものに仕掛けられたふたつのギミックも個人的には高評価。すごくさりげないけど、電子書籍じゃ絶対不可能な紙の本だからこそできるこの仕掛けは、物語の終盤にいたってはじめて「そういうこと?」とわかる面白い試みだったと思う。特に二つ目の方に関しては単なる修正なのか意図してやったことなのかが微妙だけど、どっちにしてもすごい効果が出てましたし。重版でもこれが残っていたとしたら、やはり意図的なものなのだろうなあ……後日店頭で確かめてみたいところ。本というガジェットが好きな人なら、これはちゃんと買って手元に置いておくのもいいんじゃないかなと。
■色々と思うところのある人もいるだろうけど、ここまで書いた内容にささるものを感じた人なら、『KAGEROU』は買って読んでおいてもソンはないと思う。前述のギミックの一つが偶然の産物だったとしたら、個人的には古本でもいいから初版本を手に入れることをオススメします。個人的には次回作も楽しみになったし、水嶋ヒロのファンになりそうな気分ですわ。